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大聖堂・ガーゴイル

大聖堂・ガーゴイルのここがすごい!

ルーツはどこから? 聖なる場所にまつられた怪物たち

13世紀前後のヨーロッパで、ゴシック様式という建築スタイルが大流行しました。
そのゴシック建築の主流は大聖堂。
パリのノートルダムなどが有名です。
ところでこの大聖堂。地域差はあれ、ヨーロッパ中で大流行しました。
そしてそのほぼ全部に『ガーゴイル』と呼ばれる彫像が付いています。
一口にガーゴイルと言っても形態はさまざま。空想上の生き物だったり、蛇だったり、鳥の化け物のようなもの、翼の生えたライオンのようなもの・・・
そのスタイルもさまざまで、見るからに恐ろしそうなものから、どこかユーモラスなものまで。
その共通点は、全て怖い外観をしているという事です。まるで悪魔のような。
大聖堂のガーゴイルは例外なく建物の外側に取り付けられており、同じく例外なく雨水を排水する機能を持っています。
大きなステンドグラスの窓の付いたゴシック様式の建築物にとって、雨などは出来る限り建物に直接打ち付けさせたくないものだったのです。
それにしても、キリスト教の重要建築物である大聖堂になぜ不気味なガーゴイルが?
それも、このゴシック様式の時期の建築物にだけ?
疑問に思う方もいるのではないでしょうか。
ゴシック様式が発生したフランスではかつて『ケルト民族』という民族が住んでいました。
このケルト民族の風習として、家々の軒先に不気味なもの(一説には死人の頭部だったという説も・・・)を飾ることで魔除けとしたというものがありました。
ケルト人たちもその後、彼ら土着の宗教や神話を捨てさせられてキリスト教に改宗させられます。
しかし、長年の自分たちの文化を簡単には捨てられないもの。
ケルト系キリスト教として独自の文化を築きました。しかしそれも、時代の流れとともに衰退。
ちょうどゴシック建築が盛んになりはじめる12世紀ごろには、影を潜めてしまいました。
影を潜めたケルト系キリスト教は本当に消えてしまったのでしょうか?
その答えの一つが、このガーゴイルでしょう。
もともと、大聖堂は豊かになった農村から流出してきた人々が集まった都市(現代で言う都会)の一つの象徴としての文化でした。
その中にはケルト民族の血を引く人たちも多くいた事でしょう。
歴史の流れに消された民族の風習は、こんな不思議な形でキリスト教に取り入れられていったのでした。
もっとも、このガーゴイルもゴシック様式の衰退と共に姿を消してしまいます。
しかしかつてヨーロッパ大陸がローマ帝国に支配されていたころから、その大地を駆け回っていた民族の名残は、こうして不思議な形で残されていったのでした。

文:小椋 恵

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