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岡倉天心

岡倉天心のここがすごい!

妻のヒステリーで画家になった? 数奇な運命の偉人

岡倉天心。明治時代、急速に近代化してゆく日本を憂い、自国の文化の素晴らしさを海外に向けて発信した偉大な画家。
横浜で生まれ育ち、明治の時代になんと6歳から英語を勉強し始める。
裕福な家庭だったため、東京開成学校(現在の東京大学)まで苦労なく進学。その上、17歳の時には学生の身分でありながら3歳年下の女性と結婚している。
そしてこの結婚こそが、天心を画家にさせたのでした。

天心が苦労して書き上げた大学卒業時の論文は、貿易関係のものだったのではないかと伝えられています。
しかし、なんとこの論文、夫婦喧嘩の挙句、奥さんに焼き捨ててしまわれます。(当時奥さんは妊娠中で、いささか不安定だったともいわれていますが…)
論文の締め切りまで2週間。
慌てて書き直したのが美術や文化に関する論文でした。
おそらく、博識な天心が資料無しでも書けるテーマだったのでしょう。

その関係で天心は文部省に勤務。仕事の関係で欧米の美術を視察するなどして美術への洞察を深めていきました。
やがて開校された東京美術学校の校長に就任。なんと27歳の若さでした。
しかしスキャンダルで失脚します。夫のある女性と恋に落ちたと噂を流されたのでした。
若くして出世した天心への妬みもあったのでしょう。

美術学校を追われた天心は、自分を慕ってきた若い画家たちとともに茨城県北茨城市に移住。
東洋と西洋の美術を融合させた新しい芸術の制作に取り組みます。
それまでの輪郭線を無くした作風は朦朧体とよばれ、はじめは冷笑されますが、徐々に世の中に浸透。
現代の感覚でみるならば、素晴らしい作品です。水戸の近代美術館に女性3人が灯篭を流している作品があります。

美術館でも『我が館随一の美女たち』と評する通り、大変に美しい作品です。
その後も後進の画家を育てたり、日本の文化を海外に紹介したり、精力的に画業に励むなど、エネルギッシュな人物であった天心。
しかし、奥さんのヒステリーがなかったら、違った分野で才能を発揮していたのかもしれませんね。

文:小椋 恵

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