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エゴン・シーレ

エゴン・シーレの基本情報

クリムトに師事し、自分を描き続けた天才画家

19世紀末のウィーンで黄金時代を築いたクリムトがその才能を認め、積極的に取り立てたのがエゴン・シーレです。
後に世紀末を代表する画家としてクリムトと並び称される彼がクリムトに初めて会ったのはまだ画学生だった17歳のときでした。
シーレの絵に魅力を感じたクリムトは、作品発表の場として芸術展へ参加させるなどして彼の名を世に広めていきました。
シーレにとってクリムトは敬愛する師だったのです。
しかし、その尊敬の念は時にシーレの中で形を変えることがあったようです。
それを表現するかのように、彼はクリムトと同じ題材で作品を制作することがありました。
クリムトの代表作である「接吻」と同じモチーフでシーレは「枢機卿と尼僧」を描いています。
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暗い画面の中に浮かび上がる2人の聖職者。枢機卿はシーレ自身、尼僧はクリムトの元愛人だといわれています。
譲り渡された師の愛人を自身の恋人とする葛藤。それをシーレはまるで改作のような作品に表わしました。
きらびやかなクリムトの絵との解離に、複雑なシーレの思いが反映されています。
また、シーレは生涯を通じて自画像をよく描きました。
等身大の鏡を用い、そこに映る自分の中に心の奥底にある欲望や死への葛藤を見出そうとしたのです。
100を超える自画像を描くことで、シーレは常に自分と向き合い続けました。
28歳で病に倒れ夭折するまで、彼は師の影と自分自身を追い続けていたのです。

文:雪まつり

エゴン・シーレの作品紹介

「死と乙女」は悲しさと愛情を同時に感じる事ができる絵画です。

エゴン・シーレの「死と乙女」を初めて大塚国際美術館で見た時、今までこの絵画の存在を知らなかったのですが、暗い雰囲気の中で抱き合う男女の悲しい、でも美しい雰囲気に一目で惹かれました。

作者であるエゴン・シーレは、1890年にオーストリアで生まれた、独自の画風を持つ画家です。芸術に強い興味を持ち、ウィーン美術アカデミーで美術を学びました。ですが、このアカデミーが肌に合わなかったので徐々に授業に出なくなります。その後は尊敬するクリムトの弟子になり、展覧会を開いたりと意欲的に作品を制作します。その後、シーレは画家として有名になり、これからという時にスペインかぜを患い、残念ながら28歳という若さで亡くなってしまいます。

この「死と乙女」は、シーレ自身と恋人のワリーをモデルに描かれています。ワリーは、シーレと別れたくないと必死に抱きついていますが、シーレはそうではない事ですでに別れを意識している事が分かるとても悲しい、でもそんな雰囲気が美しい絵画です。
シーレは、別の女性と結婚をするためにワリーに別れを告げたそうですが、長い時間モデルを努め、自らの発想の源になったワリーを愛していた事がこの絵画から伝わってきます。

文:るるるるん

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