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アルフォンス・ミュシャ

アルフォンス・ミュシャのここがすごい!

ミュシャの美しい器と魂の在処

彼の絵を見た時に、なんとなくどこかで見たことのあるような気がすると思う人は多いと思います。

そのなんとなく見た覚えのある絵が本当に彼の絵であったのか、それとも彼の絵を模倣したものだったのか分かりませんが、おそらく彼ほど模倣されながらも名前を広く知られていない作家はいないのではないでしょうか。

アルフォンス・ミュシャ。画家というよりもイラストレーターとして活躍しました。

彼の作品の多くはポスターなどの広告を目的としたイラストであるため、とにかく目を惹く華やかさがあります。

中央にふくよかで美しい女性、彼女が身に纏う布の繊細な表現、周囲には草花をモチーフにした幾何学模様が細やかに描かれているのが特徴で、この描き方は日本でも好まれ、明治時代から現在までに画家やイラストレーター、デザイナー、漫画家など広く模倣されています。

また、星や宝石、花などを女性の姿に擬人化して描いたり、四季や四芸術など概念的なものをやはり女性の姿に擬人化した四連の作品を描きました。その華々しい作品をひとつでも見れば、もっと彼の作品を見てみたくなり、絵を描くことが好きな人であれば「自分だったらどのような女性に描くだろうか」と彼を真似て描きたくなってしまいます。

しかし、多くの人が好む彼の華やかな作品は、彼の人生の前半に描かれたものなのです。

あまり知られていない彼の人生の後半の作品は、祖国であるチェコを想いながら描いた油彩画で、それらはどこか暗く、悲しく、けれど、力強い魂が込められた作品たちです。

それら作品を見た時、彼が画家であることを認識させられます。

前半の作品は確かに華やかで美しく、誰もが好ましく思う作品です。ですが、そうであるようにと意図的に作られたそこには彼の魂を感じられず、例えるのなら中身のない綺麗な器のようなもの。

対して後半の作品を見た時には、ようやく彼の本当の心を見ることができたような気にさせられます。なぜなら、そこには彼の想いが、祖国や愛する娘への想いが強く強く描かれているからなのです。

文:芋虫キャサリン

エレガントとスラブの抒情

アルフォンス・ミュシャは19世紀末から20世紀前半に活躍したグラフィックデザイナーです。
演劇や商品(シャンパンやたばこなど)のポスターとして作成された、女性や植物をモチーフとした多くの作品が有名ですが、今でもそのまま使えるような洗練されたデザインであると同時に、額に入れて飾っておきたいと感じさせる抒情性があります。中でも四季を題材に、それぞれの季節を象徴する作品、黄道12宮をモチーフとした作品など、神話の登場人物であるかのような女性を登場させ、いつまでもながめていたいような物語を感じさせるポスターや絵画を多く作成しました。題材の中心は女性ですが、その周辺を取り囲む、植物・星・宝石などに加え、エレガントな曲線が独特の美しさを放っています。
もともとオーストリア帝国領モラヴィア(チェコ)の出身でしたが、主にパリで活躍、晩年故郷に戻り、「スラブ叙事詩」という20枚のシリーズからなる絵画を発表、チェコにたいする愛国心を表現する抒情的な作品となりました。また、チェコスロバキア共和国のために、紙幣や切手のデザインも手掛けています。しかし、ナチスドイツの進出によって、チェコスロバキアは解体され、ミュシャも一時逮捕されました。その4か月後亡くなったミュシャですが、多くの素晴らしいデザインは今も19世紀のエレガントと、スラブの抒情を私たちに伝えてくれます。

文:なおたか

アルフォンス・ミュシャの繊細な画風は唯一無二だと思います。

アルフォンス・ミュシャは、アール・ヌーヴォーと呼ばれる19世紀末あたりから20世紀初頭にかけて流行したヨーロッパを中心とした新しい芸術を作った芸術家です。絵画はもちろんですが、ミュシャはそれだけに留まらずインテリアや彫刻等様々な作品を作りました。
ミュシャの才能が一番生かされているのはグラフィック・アートです。女性や花、宝石等を用いた華やかな画風で多くのポスターや装飾パネル等を制作しました。今なお多くの人を魅了し「あまり芸術家は知らないけど、ミュシャは知ってる」と言う方は多いです。

ミュシャは1860年にオーストリアで生まれ、25歳までデッサン学校に通い、その後パトロンを見つけミュンヘン美術院に入学します。その後1865年に芝居のために制作した「ジスモンダ」のポスターで脚光を浴び、一躍有名になります。その後、数えきれないほどの作品が彼の手によって制作されました。当時いかにミュシャの人気があったのかが伺えます。
ですが、1939年3月、彼はドイツ軍により「愛国心を刺激する」という理由で逮捕されてしまいます。それが原因で、開放された4ヶ月後に亡くなってしまいました。死後、しばらくミュシャの存在は黙殺されてしまいましたが、民衆の心をずっと捉えていた彼の作品は徐々にまた人々の間で広がり、再評価され今の人気に至ります。

文:るるるるん

今も色あせないミュシャ

今も色あせない素晴らしい作品を描いたり作ったりした画家や建築家は沢山います。多分、誰もが好きな作家や作品を密かに持っていると思います。かく言う私もモネやルノアール、ミレイなど好きな作家も作品もあります。
どれもが、みんな素晴らしいけれど、それら作品が現代の作家たちに深く影響を与えている作家といえば真っ先にミュシャが浮かびます。

ミュシャと言えば素晴らしい油彩も数多く残していますが、やはりポスターのイメージが強いと思います。今のようなマス.メディアの無い時代に「ポスター」は芝居広告だけでなく商業広告などの幅広い分野で活躍していた事でしょう。また、世紀の大女優サラ・ベルナールのポスターを手がけた事も、彼の名声を世に広めた一因ですね。
1860年生まれのミュシャの絵が、現代に生きる私たちの心をワクワクさせるのはなぜでしょう?繊細で有りながら大胆な構図で人の目を集める洗練されたデザインでしょうか。ビザンティンと東方教会の影響を受けやすい東欧で育ちアールヌーボーなどと融合したことでミュシャ独特の様式が誕生したのだと思います。

街角でアッ!これってミュシャの影響を受けているかも…と思う物に、けっこう出遭ったりする時「ミュシャの絵は今も色あせていない」と思います。

文:ブルーベリー

アルフォンス・ミュシャの作品紹介

祖国に晩年をささげたアールヌーボーの華『聖ヴィート大聖堂のステンドグラス』

19世紀末のパリ。
現在のチェコ共和国から留学に来ていた青年は、挿絵などの仕事で細々と美術を学んでいました。
そんなある年のクリスマスの翌日。『他の挿絵画家が不在だから』という理由でその青年に舞台ポスターの仕事が舞い込みました。
出来上がったポスターを見て、主演女優のサラ・ベルナールは喜びのあまりその青年に抱き付いたとまで伝えられています。
植物をモチーフに、装飾的効果を生み出した美しい画面。
ポスターにしては珍しいほど繊細な色使い。
清廉にして色香の漂う女性像。
全てが今までになかった全く新しいスタイルだったのです。
その作者こそがアルフォンス・ミュシャ。
アールヌーボーの華と呼ばれることになる人物です。
そのポスターはパリ市民を夢中にさせ、盗難が相次ぎました。
多くのデザイナーたちは工芸、建築とジャンルを問わずにそのデザインを取り入れ、そのスタイルはアールヌーボーという一大ムーブメントを巻き起こします。
その後、ミュシャは結婚し渡米。
アメリカで祖国出身の音楽家、スメタナの『我が祖国』を耳にします。
湧き上がる愛国心を抑える事が出来ませんでした。
ミュシャの祖国の歴史は平穏なものではありませんでした。
ヨーロッパのほぼ中心に位置するチェコ共和国は、様々な民族からの侵略に何度も苦しみ続けてきたのです。
ミュシャはチェコに帰国。
晩年を祖国に捧げる事を誓いました。
しかし外国で華やかな成功を収めたミュシャに対して、祖国の人々の反応は冷たいものでした。
名前さえ本名のムハからフランス風の発音、ミュシャに変えてパリの華となった人物。
それは、苦難の歴史の中で結託して生きてきたチェコの人々からは裏切りのような行為にも見えたのでしょう。
嫉妬と冷笑の入り混じる中、それでもミュシャは祖国のために働き続けました。
聖ヴィート大聖堂のステンドグラスもその一つです。

他にも市民会館(と言っても、映画『英国王給仕人に乾杯!』の舞台となるほど美しい建物ですが)の市長の間の壁画も手がけています。
この時期のミュシャの作品はアールヌーボーの面影を宿しながらも、苦難に満ちた祖国の人々の内面をも描き出そうとする意志が感じられます。
ポスターで見られた平面的な装飾性から、絵画的な表現へと変化していったのです。
1918年、チェコスロヴァキアがようやく独立を果たします。
ミュシャは新しく設立された祖国国家の紙幣、切手、紋章などのデザインまでをも手がけました。
画家、あるいはイラストレーターとして知られるミュシャですが、実はマルチクリエーターな一面があったのです。
そして驚くべきはこれらの仕事のほとんどを、ミュシャは無償で引き受けた事。
それほどまでに、祖国への想いは深かったのでしょう。
しかし、ミュシャの受難は続きます。
第一次世界大戦が勃発。
ナチスはミュシャの作品、退廃的な芸術を断定。
ナチス台頭の時代はミュシャの作品の展示は禁じられてしまいました。
それどころか、厳しい取り調べまで受けてしまいます。
短期間で釈放されたものの、すでに70歳を超えていたミュシャの体には負担が大きかったのでしょう。
そのことが原因で体を壊し、79歳で息を引き取ったのでした。
若い日々の輝かしい成功に比べると、苦悩の多い晩年ではありました。
しかしそれは自ら選び取った苦悩でした。
祖国のために尽くした生涯は、決して不幸なものではなかったことでしょう。

文:小椋 恵

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