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カミーユ・クローデル

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カミーユ・クローデルのここがすごい!

才能がゆえに狂気に陥った悲劇の美女

19世紀末の彫刻家といえば、だれもがまずロダンを上げることでしょう。
しかしそのロダンの陰で、稀有の才能と美貌に恵まれながらも不遇の人生を送った女性がいました。
カミーユ・クローデル。
19世紀末から20世紀初頭に台頭した女流彫刻家。
芸術の都パリで、『我が国の栄光である』とまで評されるほどの才能を有していました。

彼女の悲劇は二つあります。
まずは、母からの愛情が受けられなかったこと。
カミーユの母は子供があまり好きではなかったらしく、家事などは淡々とこなしますが我が子の話を聞いたり抱きしめたりするようなことはありませんでした。それでも弟と妹たちは母と同じ用意に日常を淡々とこなす平凡な人生を送っていました。

しかし皮肉なことにカミーユには芸術的な才能があったのです。
そのことは、彼女に栄光を与えると同時に、家族からの孤立も与えました。
そしてその孤独が、後にロダンとの不倫の恋にのめりこむ要因にもなっていったのです。

カミーユが台頭したころのパリでは、ロダンはすでに彫刻家として確固たる地位を築いていました。
当然、若い彫刻家のカミーユにとってロダンは神様のような存在。憧れでした。
やがてカミーユの才能と美貌にひかれたロダンはカミーユをモデル兼助手として雇い入れます。
親子ほども年齢の違う二人が男女の仲になるのは時間の問題でした。
しかしロダンには、正式に入籍はしていなかったものの長年連れ添った事実上の妻があり、そして子供までありました。

カミーユはロダンとの結婚を夢見ていました。ロダンの子供を身ごもり、堕胎してさえも。
いつかはロダンが自分を選んでくれるのではないかという夢を捨てることができませんでした。
しかしもう若くないロダンにとって、カミーユは芸術的なインスピレーションをくれるミューズであり、若い恋人ではあっても、妻として選ぶという選択肢はなかったのです。
ロダンは下積み時代から自分を支えてくれた事実上の妻、ローズを捨てることができませんでした。一つにはローズが非常なやきもち焼きで、別れを言い出せなかったというのもあったようですが。

孤独に苛まれたカミーユは彫刻用のスケッチにつらい気持ちをぶつけます。しかし、激しい情念は作品を荒れさせ、かつてこの国の宝とまで言われた才能はいつの間にか荒れていました。いえ、それだけではなく、自分の作品を片端からハンマーでたたき壊すという奇行も見られました。すでに正気を失いかけていたのでしょう。
それでもこの時期、彼女の傑作のひとつである『分別盛り』という彫刻作品が残されています。

ロダンと別れの直後の作品で、一人の男性を二人の女性が取り合うという構図。
おいて行かれた女性はすがるように男性に手を伸ばしています。

彼女は作品に悲しみをぶつけて、素晴らしい作品を残しました。
しかしそれも続かず…わずか30歳ほどで才能は枯れ果ててしまいます。その後の彼女の作品は、かつての作品の輝きはなくなっていました。

カミーユの晩年は悲しいものでした。
才能が枯れ果てても細々と制作を続けていたカミーユですが、40歳前途でとうとう発狂。精神病院に入院させられてしまいます。そして実に30年もの間、病んだ精神を抱えながら孤独な日々を過ごし、精神病院でひっそりと亡くなっていったのです。

文:小椋 恵

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