ドミニク・アングルの作品紹介
背骨が多くない!? 科学技術が変えた絵画の歴史『グランド・オダリスク』
ドミニク・アングルは19世紀後半にフランスで活躍した画家でした。
新古典主義と呼ばれる流派で、性格なデッサンを基本としたアカデミックな作風の画家として確固たる地位を築きます。
しかし、この『グランド・オダリスク』だけは他の作品を一線を画しています。
一目みれば、素人でも分かるかと思いますが、大変不自然な背中が描かれているのです。
全裸の美女が背中越しに振り返るという古典的な構図でありながら、なぜこのような不自然な絵が出来上がってしまったのでしょうか。
他のアングルの作品を見ればアングルが大変正確なデッサン力を持ち、自分のこの作品の不自然さに気付けないはずがないことは一目瞭然なのに。
それは、この時代の科学技術の進歩と関係がありました。
アングルが画家になり始めたころは、人の外見を伝えるものはほとんど絵画しかありませんでした。
印刷技術もある程度はあったものの、カラーの図版印刷などはまだ未熟で、せいぜい風刺画どまり。
それ故に絵画は、芸術であると同時に人の外見を伝えたり残したりする記録や伝達の意味も担っていたのです。
しかしアングルが芸術家として油が乗ってきた時代、カメラの開発が躍進しました。
もともとカメラはあったのですが、この時代に急速に技術が進み、ある程度裕福な市民も自分の肖像写真を残せる時代となったのです。
この事は、多くの画家を震撼させました。特に若手画家にとっては、死活問題にさえとらえられたほどです。
事実、『絵画は死んだ』という声まで聴かれた時代でした。
アングル自身は画家としてすでに確固たる地位を気づいており、資産もあったのでさほどの問題ではなかったはずです。
しかし、自分の後進の若手画家たちの生活はどうなる?
そんな心配を抱いたアングルは、絵画にしかできない表現を模索します。
それが、この『グランド・オダリスク』でした。
背中越しに振り向く全裸の美女。
一番協調したいのは、美女の美しい背中。ならば、この背中を強調すればよい。
そう考えたアングルは、解剖学的な観点から見たときに、頸椎が数個多いという背中を描き出しました。(こういう事ができること自体が、アングルが解剖学的なデッサンに精通していた証拠なのですが。)
しかし、この作品は大きな批判を浴びます。
アングルの意図は美術愛好家たちには理解されず、アングルも絵画にしかできない挑戦をこれ以上続けることはできませんでした。
しかしアングルの心配をよそに、絵画という表現はどんどん発展してゆきました。
写真が真実をそのまま映し出すからこそ、この後、シュールレアリスム、キュピズム、フォービズムといった新しい芸術のムーブメントが花開いたのです。
なお、発表当時こそ大きな批判を浴びたこの『グランド・オダリスク』ですが。
現在は美の殿堂、ルーブルの壁を飾っています。
文:小椋 恵
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