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アルテミジア・ジェンティレスキ

アルテミジア・ジェンティレスキのここがすごい!

リアリズムを200年前に先取りしていた女流作家

バロック絵画の女流画家。当時女性がまだ公に絵を描くのには早かったので現存するのはわずか(父親名義の物もあり)、そのうちの一枚はウフィツィ美術館にあります。ユディトを題材にした絵ですが、血のほとばしりかた、人物の表情などがリアルで後のリアリズムを200年前に先取りしているようにすら思えます。

当時は、女性が絵をアカデミーで学ぶことが出来なかったので、彼女は画家である父、オラツィオ・ジェンテレスキの元で絵画の修行、手伝い等をして腕を上げます。他にも女性だからと言う理由で制限を受けていて、その最たるものが、ヌードを描く事ができないこと。それでも、女性のヌードなら自分をモデルにすることもできましたが、男性のヌードを女性が描くのは破廉恥とされていました。

また、アカデミーに行けない彼女に父が家庭で絵画の指導を頼みますが、その指導者から性的暴行を受けていて、裁判を起こしています。その裁判もまた、男性優位の彼女を虐げる物で、自分が受けた性的暴行を立証するために拷問を受けています。しかも、彼女が画家である事を分かった上で、指を糸で絞める、画家生命が絶たれるかもしれないと言うもの。結果、相手は無罪となっています。

裁判は当時の性差別があからさまな酷いものでしたが、その後、絵を諦めなかった彼女は正式にアカデミーに入り、メディチ家の援助も受け、画家としての自分の名を後世に残しています。才能ある画家が後世に発見されるのではなく、女性だからと排除されず当時は正当に評価され、画家として生を全うしたのは、とてもセンセーショナルだと思います。

文:クロエ

アルテミジア・ジェンティレスキは、当時では珍しい女性画家です。

アルテミジア・ジェンティレスキは、イタリア出身の当時ではとても珍しいと言われていた女性画家です。彼女は、1593年、ローマでカラヴァッジオに影響を受けたオラツィオ・ジェンティレスキの娘として生まれました。オラツィオもまたカラヴァッジオ派だと言われています。父オラツィオの元で弟達と共に画家の勉強をしていましたが、圧倒的に優れていたのが彼女だったそうです。

非常に優れた才能を持っていたアルテミジアですが、残念ながら当時は女性であったという事で、ローマ時代は決してそれ以上の勉強をする事は許されませんでした。その後、父オラツィオが彼女のために画家の教師を雇いますが、この教師がアルテミジアと無理矢理身体の関係を結び、これを知ったオラツィオはもちろん娘を守るために激怒し、裁判をおこしました。この裁判の内容の酷さに絶句し、本当に彼女がこれから後画家として成功してよかったと心から思いました。

裁判が終わりフィレンツェへ移ったアルテミジアは、フィレンツェの画家と結婚し、女性初の芸術院の会員として迎えられます。こうしてフィレンツェで画家として大成功を収め、一度ローマに戻りその後更なる飛躍のためナポリへ移住します。ナポリでは教会等に様々な絵画を描き大活躍をしたそうです。私は女性ですが、アルテミジアの行動力には驚き、そして勇気が出てきました。私と同じように彼女の絵や彼女の生涯から勇気をもらったという女性は全世界に大勢いると私は思います。

文:るるるるん

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