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テオドール・ジェリコー

テオドール・ジェリコー『メデューズの筏』のここがすごい!

ジャーナリズムとしての絵画

テオドール・ジェリコーは1800年代前半にフランスで活躍した画家でした。

そのドラマチックな構図は、後のフランス・ロマン主義の先駆けとなる作品を残しドラクロワなどに強い影響を与えています。(事実、ドラクロワはジェリコーの友人でした。)

『メデューズの筏』
Théodore_Géricault_-_Le_Radeau_de_la_Méduse

例えば、美術館で何の予備知識も持たずにこの作品を前にしたら、何を感じるでしょうか?

一番に目を引くのは、半裸の男性が手に布を巻き付けて遠くに呼びかけているような後ろ姿でしょう。

その周りに、力尽きながらも手を伸ばす人、周囲に何かを言わんとする人々が集まっています。

そこまで見て、これは筏の上なのかと気づく。あまりにもボロボロで、男たちが乗っているものが何なのかすぐには気付けないかと思います。

そして、手前に描かれた人物群に目が行くでしょう。
絶望しきった人々。力尽き、横たわる人物、頭を抱える人物もいます。

立つ人物を中心にして人物群が三角形に収まるように配置されており、そして画面左のマストの線も三角形を描いている。

画面に大きな三角形が二つあり、そこに人物がおさまるという見事な構図をなしています…
と、絵画としてのこの作品の素晴らしさに感動した時点で、多くの人がふと思うでしょう。
これは、何を描いた絵なのだろうか、と。
これは、現実にあった海難事故をモチーフにしてあります。

1817年・・・つまりこの作品が描かれる2年前に、大きな海難事故がありました。
原因は、指揮官が長年現場を離れていた亡命貴族であったこと。
この亡命貴族は、元は海軍の大将だったのですが、フランス革命時に海外に亡命。

しかし、革命が落ち着き、フランスが再び王政復古政権となった時にフランスに戻ります。
かつての栄光が忘れられなかったこの元海軍大将は、大きな航海があると聞いて自ら指揮官に志願しました。

しかし、長年現場から離れていた人物に巨大船の指揮など務まるはずもなく、遭難。
指揮官を中心とした上役の人間たちだけは大型ボートですぐに逃げ出し、下役の多くの人たちはほとんど手作りの筏で海を何日も漂流しなければならなかったのです。

事実、筏に乗っていた170名のうち、救助されたのは15名でした。

このニュースにパリは騒然となりましたが、カメラなどない当時はその事故に悲惨さも多くの人には伝わりません。

ジェリコーは告発の意味も込めて、この絵を制作したのです。

現代のようにメディアが発達していなかった時代、絵画はこのように報道写真としての意味も担っていたのでした。

文:小椋 恵

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