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レオナルド・ダ・ヴィンチ

レオナルド・ダ・ヴィンチのここがすごい!

寄稿:ダ・ヴィンチ絵画の真髄とは?

「ダ・ヴィンチ・コード」という作品が世界的に注目され、一世を風靡しました。死後、約500年経つ人物の作品に、全世界の注目が集まるということはすごいことですよね。今なお現代の私たちに影響を与え続けているダ・ヴィンチの作品には、一体何が込められているのでしょうか?「ダ・ヴィンチ・コード」では、ダ・ヴィンチの絵に暗号が秘められていると、特に「最後の晩餐」がクローズアップされていました。しかしながら、研究者の間では、信憑性がないとあまり相手にされていません。では、ダ・ヴィンチの絵に暗号はないのかというと、そうではありません。やはり深いメッセージが込められているのです。ダ・ヴィンチがマエストロになって間もない22歳の頃、最初に描いた女性の肖像画を紹介しましょう。

ジネヴラ・デ・ベンチの肖像(1474)

能面のような、あるいは蝋人形のような、生気のない冷めた表情が特徴的です。しかし、実は、結婚祝いの絵として贈られたものだといいます。めでたい記念なのに、なぜダ・ヴィンチは、こんな無表情な肖像画を描いたのでしょうか。実は、ジネブラの結婚相手は、後にフィレンツェ行政長官になるルイジ・ニッコリニで、地位はありましたが、年齢は倍あり、最初の妻と死別したばかりだったそうです。一方、ジネブラは、まだ16歳の若さ。ヴェネツィアの大使ベルナルド・ベンボに恋心を頂いたものの、その恋は叶うことはありませんでした。おそらくお互い愛のない結婚だったのでしょう、ジネブラは失恋を引きずって田舎に引きこもってしまい、寡婦として寂しく生涯を遂げたといわれています。

ダ・ヴィンチの言葉を二つ紹介しましょう。

「自分の心の情動を、可能なかぎり身振りで表現していない人物像は、称賛に値しない。」

「君の人物像の動作を、その人物の心の情動にふさわしいものにせよ。つまり、もし君が怒っている人物を描くなら、顔がその反対の情動を見せたりせず、彼の内に怒り以外のものがあると判断できないような顔にせよ。喜び、憂い、泣き、笑い、などについても同様である。」

ダ・ヴィンチはジネブラの切ない心情を察知し、見事に肖像画に反映させていったのだと思います。
この虚ろな眼差しにもちゃんと意味があるのですね。

さて、表情以外にもう一つ着目すべきところは、背景に描かれている鬱蒼とした樹木です。ネズという樹ですが、イタリア語で「ジネプロ(ginepro)」、 トスカーナ方言で「ジネブラ(genevra)」と呼ばれており、まさに「ジネブラ・デ・ベンチ」の名前を表しているわけです。背景にも気を抜かずに仕掛けを入れる、ダ・ヴィンチ絵画の醍醐味はまさに全面に渡って意味が埋め込まれていることにあります。ぜひ細部を見逃さずに、「これももしかして何か意味があるのかな?」と絵画鑑賞を楽しんで頂ければ幸いです。

寄稿:ダ・ヴィンチ学講師 Daヴィんち
ダ・ヴィンチ学公式サイト:https://davinci-academy.jimdo.com

レオナルドの心と優しさ

レオナルド・ダ・ヴィンチは私が最も尊敬する画家のひとり。天才というとレオナルド・ダ・ヴィンチを思い浮かべる方も多いだろうと思う。それくらいダビンチは多才であったし奇行も多く、また現在も人々を魅了しながらも謎に包まれたアーティストである。
ダ・ヴィンチの絵は深く、優しく大きな存在感で迫りくる。
本物に触れる事は、その時限りの感動を受けるだけではなく、人生や価値観さえ変えて自分を成長させてくれる。それをダ・ヴィンチの絵は教えてくれる。
ダ・ヴィンチの絵では計算やトリック等の難解さが語られる事が多いが、ダ・ヴィンチの絵を見て感じる壮大な感受性や精神性、ダ・ヴィンチの心を受け取ってほしいと思う。

レオナルド・ダ・ヴィンチの有名な作品であるモナリザはどの方向から見ても、こっちを見ているかのように作られた作品である。それは一体何を意味するのか、そもそも絵に意味は必要だろうか、
ダ・ヴィンチは観るものを模索させ成長させ優しく包んでいる。
万物に対する限りない興味と探求心を見せたダ・ヴィンチであったが、私がもっとも興味を持ったのはダ・ヴィンチの人間性である、このようなエピソードがある。

「ダ・ヴィンチは籠に入って売られている鳥を買い、その鳥を放してやった」

ダ・ヴィンチは命を大切に思う心優しい人物であり菜食主義者であった。
偉大な芸術は偉大な心から生まれるのだとダ・ヴィンチは教えてくれているようである。

文:ひよう

大自然の法則、宇宙の真理を追い求めた探究者。

「da Vinci」=「ヴィンチ村出身の」という名で語られるように私生児で、自然を友として暮らしていたとされる幼少期を持つレオナルドは、おそらく人と話すよりも樹々や水や空、鳥や動物、様々な小さき生命たちと心通わせていたことでしょう。

その彼が絵画という領域に夢中になったのは、必然に違いありません。
例えば流れる水を何度も習作しているのも、水をもっと知りたかったからでしょう。

その美しさにはどんな秘密があるのだろう、という想いが絵を描く引き金になることは、画家の宿命を持つ者に共通する点であるとしても、レオナルドのそれはプリミティブさとも重なる様な、超自然との向き合い方から来ると思うのです。

その傾向を確実に垣間見ることができるのは、なんと言っても「ウィトルウィウス的人体図」でしょう。

自然の美の法則を追求したレオナルドが数学的見地も合わせて、人体もその自然界の法則に当てはまる、宇宙の雛形であることを、素晴らしい正確性のドローイングで円と正方形に当てはめて証明しています。

人間は美しい自然の創造物であることを後世にまで伝えるとともに、自然の一部に過ぎないことまでをも教えてくれているのです。
飽くなき探究心から人体解剖まで率先して行ったことは驚愕の一面として語り継がれています。

然しながら、どのような骨格の上に筋肉がとりまき、またどのように内臓が収まっているかという、当時では知りえなかったであろう「秘密」を解き明かし、それ故のこの人体のラインであり立体であることまで調べ上げた彼のおかげで、現代のデッサンもこの真実から構築出来るよう受け継がれてきました。

また、追求は絵画のみにとどまらず、建築や科学にも及び、興味深いことには回転式の羽根を持つ空を飛ぶ機体を設計しています。
レオナルドが飛行をイメージする際に着目したのは鳥の羽根ではなく、まるでDNAの螺旋の一部のような、回転する渦でした。
彼は銀河を観ていたのでしょうか。

このように、美とはこの大自然の法則そのものだと、真から感じていたレオナルドの描く人物の多くに見られる理知的さは、奥深く解脱した静けさを兼ね備え、観るものの内側を整えてくれるような働きを持っています。

その反面、感情をあらわにした表情の習作などは、この社会を生きる私達を一様にハッとさせてくれることでしょう。
時空を超えて最も愛されている画家の一人である所以はここにあるのかもしれません。

文:ゆすらうめ

レオナルド・ダヴィンチの作品紹介

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「最後の晩餐」に込められた計算による美しさ

最後の晩餐は、レオナルド・ダ・ヴィンチによって描かれた、有名な壁画です。
誰しもが目にしたことのあるその絵には、計算によって作られた美しさがあるのです。

視線誘導、というテクニックがあります。絵の中のものを意識的に配置することによって、見る人の視線を、自然に誘導するのです。最後の晩餐の、最も目立たせなくてはいけないものは、イエス・キリストです。
背景の遠近感を出すための、立体物の延長線の向きを定める、消失点というものが絵にはあります。レオナルド・ダ・ヴィンチは、この消失点を、イエス・キリストの額に配置したのです。その証拠に、壁画のイエス・キリストの額には、釘をさした跡があるのです。レオナルド・ダ・ヴィンチは、遠近法を、視線誘導のために使い、イエス・キリストを目立たせたのです。
また、最後の晩餐は、イエス・キリストの最後の晩餐を描いた作品なので、物語があります。
裏切り者がいた、というのは、「ブルータス、お前もか」という言葉で有名だと思いますが、この絵のなかにも、裏切り者がきちんと描かれているのです。物語を知って最後の晩餐を見ると、また違った魅力を感じることが出来ると思います。
また、壁画は食堂に描かれたものなのですが、食堂の中に差し込む光の向きと、絵の中の光の向きが一致しているのです。これは現地で見ないとわかりませんが、同じ空間にいるような錯覚さえ感じさせる、計算し尽くされた、名作なのです。

文:めご

奇跡のレオナルドの≪最後の晩餐≫

レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた≪最後の晩餐≫といえば、彼の代表作ともいえる作品です。この作品はイタリアのミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂に描かれた壁画なのですが、実はとても壮絶な歴史を持っているのです。
まず壁画というのは、描かれた当時フレスコ画法という壁に漆喰を塗り、それが乾かないうちに顔料をのせる画法で描かれるのが一般的でした。しかしレオナルドは遅筆だったので、この画法は使わず、テンペラ画法を採用しました。しかしテンペラ画法は何度でも描き直すことができ、レオナルドに合っていたのですが、壁画には向いていませんでした。そして湿気にも弱く、レオナルドが生前のうちに壁画の剥落が始まっていたと言われています。
その後も、この修道院が馬小屋として使用されたり、何度か洪水で水没もしました。そして様々が画家によって過度な加筆・修正が行われるようになり、極め付けには、第二次世界大戦時に連合軍からの爆撃に合い、3年もの間、雨や風にさらされていたのです。
レオナルドの≪最後の晩餐≫はボロボロの状態でしたが、1977年から1999年にかけて大規模な修復がなされました。この修復では加筆はせずに、壁画に詰まったゴミや加筆された部分の絵具を取り除くなどの洗浄のみを行いました。この修復のおかげで、新たにキリストの口がわずかにあいていたことや、キリストのこめかみ部分に一点透視図法で用いられた釘の跡なども発見されたのです。
レオナルドの≪最後の晩餐≫は不幸な歴史をたどってきましたが、今日でもこの作品を見ることができるのは、本当に奇跡と呼べるのではないでしょうか。

文:akane

ダヴィンチコードにも登場した謎多き作品

レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」はちまたで現代でもダビンチコードで有名となっている作品です。

最後の晩餐とは、イエスキリストが十字架にかけられてしまう前の晩に自分の12人の弟子たちとともにした夕食が描かれています。その最後の晩餐の中で、イエスキリストが爆弾発言をします。「この中に裏切者がいる」といった発言の瞬間を描いたのがこの作品です。この絵の凄い所はいまだかつて解かれていない様々な謎が隠されているところで話題性があるところです。キリストの隣の人が女性なのか美少年的な男性なのか、マリアなのか、ナイフをもっているのはなぜか、聖杯がないのはなぜか、などなどです。

そしてこの絵の進んでいるところは、裏切者とされたユダが他の弟子たちと同じように描かれているところです。この作品の前に描かれているものは裏切者は離れて描かれていました。まだだれが裏切者かわかっていないので一緒に同じように描かれたという点が素晴らしい表現だなと思います。そして、このように裏切者がいるという好ましくない場面でも、絵の雰囲気が柔らかいです。輪郭があまりはっきりしていないので、この好ましくない状況でも温かみが出るのでしょう。そしてその温かみはイエスキリストのもつ暖かさを表現したかったのかなと思いました。

文:mariko s

「最後の晩餐」は思ったよりもずっと大きい作品で驚きました

私は、美術がとても好きなので一度でいいのでレオナルド・ダヴィンチの「最後の晩餐」を見てみたいと思っていました。
実際に大塚国際美術館で「最後の晩餐」を見た時、420センチ×910センチとかなりの大きさと迫力に驚きました。

この「最後の晩餐」は、あまりにも有名な聖書の中でキリストが最後の晩餐で「12人の弟子の1人が私を裏切る」と予言をした時のシーンが描かれています。
そして、あらゆる技法を用いてキリストに注目が集まるように計算され尽くしています。
近年、修復された事や「ダ・ヴィンチ・コード」でも取り扱っているので、あまり絵画を知らない人でもこの作品は知っているという方が増えました。
レオナルド・ダヴィンチの絵画の中では数少ない完成されたものの一つですが、損傷が激しい事でも知られています。
損傷されていない状態でこれほど美しい絵画なので、損傷されていなかったらどれだけ美しかったんだろうと残念に思いました。

現在ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会に収められています。
この教会は第二次大戦で大きな被害を受けていますが、この絵画は何とか被害を免れたというエピソードがあります。
「最後の晩餐」は無事でしたが、戦争でどれだけの芸術的価値がある作品が失われたのだろうと思わせるエピソードです。

文:るるるるん

煙のような技法、スフマート

Mona_Lisa,_by_Leonardo_da_Vinci,_from_C2RMF_retouched

絵画にどんなに疎い人でも、「モナ・リザ」を知らない人はまずいないでしょう。レオナルド=ダ=ヴィンチは、その世界の絵画でもっとも有名な作品の作者で、主に15世紀に活躍したイタリアの芸術家です。
映画「ダヴィンチ・コード」でも知られるように、彼は宗教画などの絵画のみではなく、解剖学などあらゆる分野に精通しているオールマイティーな人物であり、その画力は解剖学のみならず、工学などの発明分野や科学論文などに、素晴らしい精密なドローイングの挿絵を残しているほどです。

学術的挿絵はモノトーンで「緻密、正確」な印象ですが、彼が描く人物や主に宗教画は、独特の印影と丸みを持った温かさが感じられ、テンペラ画の「最後の晩餐」などは、その背景にある物語には緊張感があるものの、絵画としては柔らかさ、キリストの大らかさが見事に表現されています。「モナ・リザ」はその後に描かれた作品ですが、独特の印影はスフマートと呼ばれる、まるで煙のような微妙な色の重ね方がされており、この技法はダヴィンチが創始者であると言われています。

モナ・リザは、「値段のつけようがない」「値をつけるとしたら何兆円にもなるだろう」と言われている名画中の名画です。今でも世界中の人を惹きつけてやまない微笑の女性を描いたダヴィンチ。彼の絵画の数々は、多才な彼への敬意とともに、現代でも多くの人々から称賛され続けています。

文:有紀黎

白テンを抱く貴婦人

この展覧会に行ったのは私が関西から横浜に出てきたばかりの頃でしたが関西ではなかなかないような大きな展覧会ですごく感動しました。レオナルドダヴィンチの名作の本物を観ることができる機会は人生の間に何回あるのでしょうか。レオナルドダヴィンチの「白テンを抱く貴婦人」はそれほど絵心も芸術に対する関心もそれほどなかった私でもすごくキレイ!魅力的だと感じて何度もその絵画を観に戻ったぐらいでした。確かチェチェリアという名前のフィレンツェの富豪の夫人だったと思いますがたぶんレオナルドダヴィンチもすごくこの魅力的な貴婦人に魅せられたのかもしれませんね。他のダヴィンチ作品もすごく素敵で貴重なものばかりでしたがこの白テンを抱く貴婦人はその中でもすごく興味深い作品でした。今度また観れる機会はあるのでしょうか?私が関西から関東に出てきて一番驚いたのはこのような大きな貴重な作品に頻繁に出会えることで美術館の多さもその点では関東に住んでいると素敵な美術館に行く機会は多いですよね。レオナルドダヴィンチ作品の紹介を最近観たDVDでオランダの美術館の展覧会で白テンを抱く貴婦人特集をしていてなんだかすごく嬉しくなってしまいました♪

文:まやにゃん

ルーブル美術館で見たモナリザの思い出

もう20年以上前になりますがパリへ行ったときにルーブル美術館へ行きました。そのスケールの大きさにやっぱり感動してしまいましたが私はその頃関西に住んでいて美術展自体も今ほどは行ったことがありませんでした。その私がルーブル美術館へ行くなんて人生ってわからない…会社の社員研修で同時期入社の人達とヨーロッパへ行ったのですがその中でルーブル美術館に実際に行ったとき皆で「モナリザは絶対みる!」なんて絵心なんてないような私達がルーブル美術館の”目玉商品“を求めて館内をまわりました。ドラクロワの名画やヴィーナスの彫刻なども見て…そして、感動的な瞬間が…モナリザが目の前にあるんです!日本の展覧会ならたぶん平日でもすごい人だと思いますがルーブル美術館では人はまばらで本当に間近で観ることができました。何人かの画学生がその前に座り込んでスケッチしていました。よく聞く話でルーブル美術館のモナリザは贋作だという噂は本当なんでしょうか?私が見たあのモナリザは贋作でも本物でもルーブル美術館の中であの微笑に出会ったらやっぱり感動すると思うんです。たぶん…本物だと思います。そんなオーラをモナリザの絵画からすごく感じてしまいました。

文:まやにゃんす

「洗礼者聖ヨハネ」は、見ている人が思わずドキッとしてしまう絵画です。

『洗礼者ヨハネ』

レオナルド・ダ・ヴィンチ晩年の傑作と言われる「洗礼者聖ヨハネ」は、洗礼者聖ヨハネが真っ直ぐ、しかも不敵な笑みでこちらを見ており、思わずドキッとしてしまう絵画です。この不敵な笑みはどこかモナリザに通じるものがあるのではないかと私は思います。笑顔が描かれた作品はこの世界に無数にありますが、この不敵な笑い方はレオナルド・ダ・ヴィンチにしか描けないと私は思います。

洗礼者聖ヨハネは、領主の結婚を非難した罪で領主の妻の恨みをかってしまい、斬首されてしまいます。この絵画は、そんな聖ヨハネがレオナルド・ダ・ヴィンチ独特の指を天に向けるポーズで描かれています。これにはどんな意味があるのか、これもモナリザ同様ハッキリした事は分かっていません。

レオナルド・ダ・ヴィンチは様々な学問が得意だったので「万能の人」だと言われていました。この万能の人が晩年これほどの傑作を描いたのですから、そこにはきっと想像もつかないほどの意味が隠されているのだろうと思います。ですが、謎は謎のままだからこそ美しい部分もあると思うので、その意味を知りたいような知らないままでいいような不思議な気持ちになります。「洗礼者聖ヨハネ」を始め、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品はこれからも永遠に人々を魅了していくのだろうと思いました。

文:るるるるん

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